四柱推命占い!命式と大運で観る仕事運と健康運・渥美清・己酉日の場合

四柱推命の占い方解説

四柱推命は、命式と大運で仕事運と健康運を見ることができます。
渥美清さんの誕生日でと言えば「男はつらいよ」フーテンの寅さんですが、命式と大運から、仕事運と健康運を想像して見ました。

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渥美清1928年3月10日俳優

1928年3月10日 – 1996年(平成8年)8月4日

1969年(己酉)に第1作が公開、以後1995年(67歳)丙子まで

渥美清1928年3月10日の命式

年 戊辰戊 劫財 劫財 衰 戌亥
月 乙卯甲 偏官 正官 病 子丑
日 己酉辛    食神 長生 寅卯

渥美清1928年3月10日の大運

08歳~ 18歳 6ケ月  丙辰 印綬 衰
18歳~ 28歳 6ケ月 丁巳 偏印 帝旺
28歳~ 38歳 6ケ月 戊午 劫財 建禄
38歳~ 48歳 6ケ月 己未 比肩 冠帯
48歳~ 58歳 6ケ月 庚申 傷官 沐浴
58歳~ 68歳 6ケ月 辛酉 食神 長生
68歳~ 78歳 6ケ月 壬戌 正財 養

大運・08歳~ 18歳 丙辰

丙辰 印綬 衰

1946年(18歳)丙戌・印綬

新派の軽演劇の幕引きになり、大宮市日活館の下働き。
『阿部定一代記』でチョイ役で舞台初出演。

大運18歳~ 28歳 丁巳

丁巳 偏印 帝旺

1951年(23歳)辛卯・食神

東京浅草六区のストリップ劇場「百万弗劇場」の専属コメディアンとなる

1953年(25歳)癸巳・偏財

フランス座へ移籍
この頃のフランス座は、長門勇、東八郎、関敬六など後に第一線で活躍するコメディアンたちが在籍
コント作家として井上ひさしが出入りしていた。
また浅草の銭湯で、のちにシナリオライターとなる早坂暁(当時は大学生)と知り合う。

1954年(26歳)甲午・正官

甲・乙卯と木星が大過。
巳・午・未の火の方合半会。
酉金が木星から逆剋。
酉金が火星から剋。

酉金は肺?

肺結核で右肺を切除し埼玉のサナトリウムで約2年間の療養生活を送る
このサナトリウムでの療養体験が後の人生観に多大な影響を与えたと言われ、右肺を無くしたことでそれまでのドタバタ喜劇ができなくなった。

1956年(28歳)丙申・印綬
秋、今度は胃腸を患い中野の立正佼成会病院に三か月入院。
再復帰後は酒や煙草、コーヒーさえも一切やらなくなり過剰な程の摂生に努めた。

大運・28歳~ 38歳 戊午

戊午 劫財 建禄
戊は山がイメージの陽の土星。
午は6月を表す、陽の火星。

1956年(29歳)丁酉・偏印

日本テレビ連続ドラマ「すいれん夫人とバラ娘」で主役の朝丘雪路のダメ助手役でテレビ初出演。

1958年(30歳)戊戌・劫財

『おトラさん大繁盛』で映画にデビュー。

1959年(31歳)己亥・比肩

ストリップ小屋時代からの盟友の谷幹一・関敬六とスリーポケッツを結成。
しかし、
数ヵ月後には脱退。

1961年(33歳)辛卯・食神

から1966年までNHKで放映された『夢であいましょう』、『若い季節』に出演。

コメディアン・渥美清は全国区となる。

1962年(34歳)壬寅・正財

映画『あいつばかりが何故もてる』で映画初主演。

7年後に寅さん一家となる倍賞千恵子、森川信との共演。

フジテレビ連続ドラマ『大番』でのギューちゃん役がうける。

当時、複数の映画が同じ地域で撮影が行われていた。

この時は、映画『切腹』の撮影現場が一緒。
仲代達矢、岩下志麻、丹波哲郎、三國連太郎と宿泊先が一緒になり、多くの俳優や監督と接する機会を得た。

1963年(35歳)癸卯・偏財

野村芳太郎監督の映画『拝啓天皇陛下様』で「片仮名しか書けず、軍隊を天国と信じてやまない純朴な男」を演じ、俳優としての名声を確立する。

この作品がフジテレビの関係者の評判を得て「男はつらいよ」の構想が練られることになる。

1965年(37歳)乙巳・偏官

羽仁進監督の『ブワナ・トシの歌』ではアフリカ各地で4ヶ月間に及ぶ長期ロケを敢行。
アフリカの魅力に取り付かれ、プライベート旅行で何度も訪れるようになる。
特に好きだったのはタンザニアのホテルから見るキリマンジャロ。
一日中眺めていることもあったという。
1966年
東映での出演作としては股旅映画の最高傑作ともいわれる『沓掛時次郎 遊侠一匹』の身延の朝吉役は名演として知られる.

他に、TBSのテレビドラマ『渥美清の泣いてたまるか』

大運 38歳~ 48歳 己未・比肩

己未 比肩 冠帯

未は7月を表す陰の土星。

1968年(40歳)戊申・劫財

10月3日から半年間、テレビドラマ『男はつらいよ』が放送。
脚本は山田洋次と森崎東が担当した。
最終回の「ハブに噛まれて寅さんが死ぬ」という結末に視聴者からの抗議が殺到した。
1969年(41歳)己酉・比肩
「罪滅ぼしの意味も含めて」、松竹が映画を製作。

1969年(41歳)己酉・比肩

己酉は、生まれた日の干支と同じ・併臨(へいりん)と言われ、大きな変化、新しい門出運。

3月17日(月曜日)、正子夫人と島根県出雲大社で結婚式。
披露宴はホテルニューオータニで仲の良かったスター、友人、映画記者番や雑誌記者を招いて行った

1972年(44歳)壬子・正財

渥美プロを設立

大運・48歳~ 58歳 庚申・傷官

庚申 傷官 沐浴
庚は陽の金星で鋼鉄がイメージ。
申は8月を表す、陽の金星

傷官は自己アピール・表現力。
目立つ自分、人よりも秀でる自分を目指す。

1977年(49歳)丁巳・偏印

大運・庚申と火剋金

『八つ墓村』でそれまでのイメージを一新して名探偵「金田一耕助」役を演じ松竹始まって以来のヒットとなった

1979年(51歳)己未・比肩

『幾山河は越えたれど〜昭和のこころ 古賀政男〜』では作曲家、古賀政男の生涯を鮮烈に演じ高い評価を得た。

大運・58歳~ 68歳 辛酉 食神

辛酉 食神 長生

月柱の乙卯(きのと・う)と天戦地冲。

1980年代以降になると、『男はつらいよ』シリーズ以外の主演は無くなっていった。

1988年(60歳)戊辰・劫財

紫綬褒章を受章。

1989年(61歳)己巳・比肩

巳酉丑金局半会

病気になった渥美に配慮して、立って演じるシーンは減少。

1991年(63歳)辛未・食神

肝臓癌が見つかり、

1994年(66歳)甲戌・正官

肺への転移が認められた

1996年(68歳)丙子・印綬

8月4日

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